子供の頃、
感情的になったり、イライラしている大人を見て、
「私はこんな大人にはならない」と思っていました。

感情的になっている人を、大人として恥ずかしいと
軽蔑していた部分もありました。

特に、それが自分の親ともなると、
受け入れられない気持ちもありながら
そうやって感情的にならないように
こちらが気をつかって、不機嫌にさせないように
どうしたら、喜ぶのかを考えて行動することが増えました。
両親の対立する意見に、
どちらが正しいのかを考えることが多くありました。

子どもながらに、自分なりの思いから、
自分の感情を表に出さないようになった部分もあったように思います。

でも、そうやって、淡々と過ごすことで
その都度、様々な感情が内部では出ていたのに、
感情を表に表さずに、誰かに話すでもなく、消化もせずに
積み重なったものが、あるときにいっぱいになって
20歳を過ぎてからですが、涙がとまらなくなったこともありました。

何かあった時には、泣いたり、誰かに話したり、エネルギーを外に発散することで
尾を引く・トラウマなど、長期的に抱えるのを回避することにも繋がってきます。

大人になって思うのは、
もちろん、感情的になるばかりではなく、落ち着いて言葉に出して、
相談するなどのコミュニケーション方法も身に着けることが大切ですが、
やっぱり人は、場面によっては
感情的にもなるし、イライラもするし、大きな声を出したくもなるってことで、
どうしようもない状況を自分が体験したときにはじめて、
どうしようもないこともあるもんだなって感じるんですよね。

それぞれ、資質、能力、思考、環境要因など、様々な背景を持って
生きている人として、
自分も周りの人も、どうしようもない時もあるということを、
ゆるす気持ちのベースを持った上で、
お互いのためのコミュニケーションを模索することって、大切なのかなって思います。

怒ることや、感情的になること自体は、悪いことではなくて
(どうして怒っているのか、どういう気持ちで、
どうしてほしいのかなどを掴むことは大切ですが)
それを人にぶつけても平気という態度が特に私は許せなかったように思います。

そこも、「家族だから、感情をぶつけ合うのは当たり前」という
親自身の持っている価値観があったわけですが、
平気な態度に見える中でも、本人の中で、
致し方ない状況にプラスして、上手に表現する方法を知らずにいて、
両親もそれぞれに一人で抱えている辛さ、大変さもあったんだなと今は思います。
そういった、育っていく中で持った価値観の違いや
本音もお互いに話せるようになると
理解が少しは深まったりするように思っています。

許せない思いを持ち越したまま結婚すれば、
パートナーも親と同じことをするという状況になったりして、
そこの部分の広い視野での理解を突き付けられるのかもしれません。

各自の許せないこと、育った家庭の中で持つようになった価値観など、
いろいろな角度から、夫婦や家族の関係性を見ていき、それが少しでもひも解けて、
腑に落ちるような時間をカウンセリングの中でも作れたらと考えています。

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青柳裕美
青柳裕美心理カウンセラー
皆様のこころのサポーターとして、いつもここにいます

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